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マンガと書籍の感想、なかなか更新できず…

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「志ん生の右手」藝の記憶かトリビアか、長靴はいて千住まで

志ん生の右手―落語は物語を捨てられるか・「志ん生の右手―落語は物語を捨てられるか」矢野誠一
 河出書房新社 2007-01-06
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単行本発行を働きかけてくれた小沢昭一にいわく「いろいろな雑誌に書いた、ちょいカタメの、あまり商売気のある本屋さんにはむかないもの」を集めた随筆集。

江戸の寄席は、規模が一般民家並みのものだったことで、狭い空間にふさわしい演技術を磨くことになり、一方、大阪の舞台は劇場化が進み、大道藝の尻尾を切ることなく見台、小拍子など残すことになった。大きな歴史ではなく、自分にとってもトリビア(ムダ知識)かも知れませんが、なかなか書いてくれる人がいないだけに貴重。

副題は「落語は物語を捨てられるか」とあり、同じタイトルの文章で江戸末期から明治にかけて、文学と握手してしまった落語は、物語を得たかわり、自由奔放で個性的な語り口を売り渡してしまったとあります。
発表が'73年で、自由な語り口として挙げられているのは深夜放送のパーソナリティ。
個人的には、物語があるから落語は古典芸能としての地位を得たように思えます。物語として整理し伝えることで残せた話があると思うんですよ。例えば、深夜放送の有名どころが今、聞けるのか?ナッチャコパックや吉田照美のセイ!ヤング、数々のオールナイトニッポンはほとんど音源が残ってないでしょう。
自由な語りは枠にはまらない分、残りにくいと思うんですよ。

過去を今と比較するのも楽しく、昔の風情も新鮮で。
☆☆☆☆-

ちなみにタイトルは二代目蝶花樓馬樂の俳句
「初雪や長靴はいて千住まで」
を少し混ぜてみました。

収録は以下の通り。
「落語は物語を捨てられるか」「落語の演技」「落語の技術」「落語の藝談」「現代東京落語の展望」「寄席のなかの風刺」「藝一筋に生きる姿」「話す藝」「志ん生の右手」「圓朝の時代」「圓朝と春團治」「龍之介と圓朝」「勇と馬樂」「落語とわたし」「食べる藝」「新劇寄席」「義太夫」「奇術藝のながれ」「当たり狂言の不思議」「井上ひさしのコント」「翫右衛門と赤平事件」「マルセ太郎の藝」「水藝と舞台」「日劇花の五十年」「東京劇場散歩・新宿」「青山通り劇場新地図」「「本牧亭」の思い出」「浪曲想い出話」「木曜日のメッセージ」
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  1. 2007/05/10(木) 20:00:00|
  2. books & writing|
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